
8人と1団体に贈呈へ
第15回平和・協同ジャーナリスト基金賞決まる
平和・協同ジャーナリスト基金(PCJF)は、反核・平和、協同・連帯、人権擁護などを推進するための報道に寄与したジャーナリストに第15 回平和・協同ジャーナリスト基金賞(2009 年)を贈るため、各界から推薦、応募のあった65 点について審査をしていましたが、11 月30 日、受賞者・受賞作品を決定し、発表しました。
基金運営委員会は、12 月5日(土)午後1時から、東京都新宿区の日本青年館301 号室(JR中央・総武線千駄ヶ谷駅、地下鉄銀座線外苑前駅、都営地下鉄国立競技場駅下車)で行います。どなたでも参加できます。
受賞者・受賞作品は次の通りです。
◆基金賞(大賞、1点)
共同通信社・太田昌克編集委員兼論説委員の「核持ち込み密約は外務官僚が管理――歴代四次官が証言」など核密約に関する一連の報道
◆奨励賞(4点)
★ノンフィクションライター、高瀬毅氏の「ナガサキ消えたもうひとつの『原爆ドーム』」(平凡社)
★中京テレビ放送制作の「法服の枷沈黙を破った裁判官たち」(NNNドキュメント’09 で放映)
★前全国被爆二世団体連絡協議会会長・平野伸人、長崎新聞記者・高比良由紀、共同通信記者・野崎亮3氏の「海の向こうの被爆者たち」(八月書館)
★沖縄タイムス・屋良朝博論説委員の「砂上の同盟――米軍再編が明かすウソ――」(沖縄タイムス社)
◆映像部門審査委員大賞(1点)
川本昭人氏(広島市)監督・撮影の「妻の貌」
◆荒井なみ子賞(1点)
介護福祉士、白崎朝子さんの「介護派遣労働の現場から」(「世界」08 年9月号)など介護労働に関する一連の執筆活動
第15回基金賞の選考経過
審査には、鎌倉悦男(プロデューサー・ディレクター)、坪井主税(札幌学院大学教授)、原一男(映画監督)、前田哲男(沖縄大学客員教授、軍事評論家)、山谷哲夫(ドキュメンタリー監督)、由井晶子(元沖縄タイムス編集局長)の6氏があたりました。候補作品は65 点(うち映像関係は25 点)でしたが、審査の結果、7 点が入賞となりました。
■大賞にあたる基金賞には、共同通信社・太田昌克編集委員兼論説委員の「核持ち込み密約は外務官僚が管理――歴代四次官が証言」など核密約に関する一連の報道が、まず、文句なく全員一致で選ばれました。1960 年に日米安保条約が改定された際、日本政府が米国の核搭載艦船の日本寄港、あるいは日本の領海通過を認める(いわゆる核持ち込み)という密約を結んだのではないかと言われてきましたが、歴代の日本政府はこれを強く否定してきました。が、09 年6月1日付の地方紙は、これが全くの偽りで、密約の文書を外務官僚が管理してきたことを歴代四外務次官が証言した、と伝えました。これは太田氏のスクープで、これを機に各紙による核密約に肉迫する報道が相次ぎ、いまや外相も核密約を認めざるを得ない事態となり、過去の安保をめぐる日米交渉の全貌が明らかにされようとしています。政界、マスコミ界に大きな衝撃を与えた画期的なニュースだったと言っていいでしょう。
「固く口を閉ざしてきた外務官僚についに口を開かせた粘り強い取材に敬服する」「米国の公文書を読み解いて密約の裏付けをとっているのも評価できる」と称賛の声が相次ぎました。
■活字部門では、3点が奨励賞に選ばれました。まず、高瀬毅氏の「ナガサキ消えたもうひとつの『原爆ドーム』」は「広島には原爆ドームがあるが、長崎にはそれに相当するものがない。残っていれば原爆ドームと並んで被爆のシンボルになりえた浦上天主堂の廃墟はなぜ残らなかったのか」かという疑問に応えた力作です。被爆した浦上天主堂はどうして撤去されてしまったのかという謎の解明のために、高瀬氏は米国にまで調査に出かけます。結局、同書、被爆の痕跡を残したくなかった米国当局の意向が働いていたのでは、と示唆していますが、選考委では「実に面白い」「米国まで出かけるなど、実に丹念な取材を積み重ねている」とされました。
全国被爆二世団体連絡協議会会長・平野伸人、長崎新聞記者・高比良由紀、共同通信記者・野崎亮3氏による「海の向こうの被爆者たち」は在外被爆者の現状についてのレポートです。
選考委では「これまで、国別の被爆者に関するレポートはあったが、在外被爆者の全容についてまとめたレポート初めてではないか。とても貴重な資料で、3氏の地道な努力を高く評価したい」「これに目を通すと、在外被爆者は今なお30 数カ国で4275 人にのぼる。もう『日本は唯一の被爆国』などと言えなくなる」という声があがりました。
屋良朝博氏の「砂上の同盟――米軍再編が明かすウソ――」は、今日、米軍普天間基地の辺野古移設問題に象徴される米軍再編とはいかなるものかを解明した意欲作です。沖縄になぜ米軍基地が集中しているのか、米軍にとって沖縄はほんとうに軍事的な最適地、戦略的な位置なのか、といった視点から米軍再編の実態を明らかにし、沖縄に米軍基地を置く必要はない、との方向を打ち出すに至っています。「沖縄の基地問題を考える上で示唆に富む著書」とされました。
そのほか、金沢市の市民グループ、プロジェクト・ゲンによる「漫画『はだしのゲン』の英訳と出版」、日韓共同「日本軍慰安所」宮古島調査団の「戦場の宮古島と『慰安所』」が最終選考まで残りました。毎日放送制作の2本のラジオドキュメンタリー「獄中13 年~留学生死刑囚、独裁政権に立ち向かった青春」「故郷の歌」にも「敬意を表すべき優れた作品」との批評がありました。
■映像部門では基金賞の該当作はありませんでしたが、川本昭人氏が監督、撮影したドキュメンタリー映画「妻の貌」に映像部門審査委員大賞を贈ることにしました。映像部門のナンバーワン、全体でも大賞に次ぐ準グランブリに相当するという位置づけです。広島在住の川本氏は、1958 年の長男誕生を機に8ミリカメラでの撮影を始めたのが創作活動の第一歩で、これまで「家族」「家」「原爆」などをテーマとする作品を発表してきました。「妻の貌」は、原爆症と宣告され、死と向き合って生きる妻を半世紀にわたって撮り続けた作品です。選考委では「50 年という時間の厚みを感じさせる作品だ」「家族というものが見事に記録されている」「原爆がもたらした惨禍を伝えている」といった声が上がりました。
奨励賞は、中京テレビ放送制作の「法服の枷沈黙を破った裁判官たち」一本でした。
職業裁判官の世界は昔からベールに包まれており、ほとんど語られることはありませんが、これはその裁判官の世界に肉迫したテレビドキュメンタリーです。「裁判所という組織の中で出世しようとすれば、上司に気にいられなければならないようだ。また、自衛隊違憲判決など出すと、地方に飛ばされるなど、冷や飯を食わせられるようだ。そうした一面をリアルに伝えている」「元裁判官たちの証言なので説得力がある」「裁判員制度がスタートしたので、時宜に合った力作」。選考委員会で出た賛辞です。
■荒井なみ子賞は7年前に創設され、今回が4回目の授賞です。女性のジャーナリスト、あるいは女性がかかわる問題をテーマとした作品を対象としていますが今年は、白崎朝子さんの「介護派遣労働の現場から」(「世界」08 年9月号)など介護労働に関する一連の執筆活動が選ばれました。
白崎さんは介護福祉士です。すなわち、介護労働の実態を身を以て体験しているわけですが、その実態は圧倒的な低賃金、神経をすり減らす長時間労働とのことです。白崎さんは、こうした過酷な介護労働を自らの経験を通じて告発しており、このままでは介護労働に就く人がいないとし、まず介護労働者の人権擁護を、と訴えます。介護が社会的な大問題になっている折から、介護問題に一石を投ずる執筆活動とされました。
<受賞者・団体のプロフィル(敬称略)>2009
★基金賞
太田昌克(おおた・まさかつ)
1968 年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、92 年、共同通信社社。広島支局、大阪社会部(大阪警担当)、高松支局、外信部、政治部(外務省),首相官邸担当)を経て、2003 年から2007 年まで、同社ワシントン特派員。国務省、ホワイトハウス、連邦議会などを担当しながら、広島支局時代以来のテーマである核問題をフォローし続けた。
2007 年には、現代の核問題に関する報道や、日米の公文書をもとに「731 部隊」の免責問題や「核持ち込み」問題などに関する日米関係の裏面紙を発掘し続けたことが評価され、「2006 年度ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。この間、1999-2000 年にはフルブライト留学制度で米・メリーランド大学にリサーチ・フェローとして研修駐在。
2007 年秋から社命で1 年間休職し、政策研究大学院大学(GRIPS)博士課程に進学、米核戦略と日本の安全保障政策に関する研究に従事している。
著書に『731 免責の系譜―細菌戦部隊と秘蔵のファイル』(日本評論社、1999 年),『盟約の闇―「核の傘」と日米同盟』(同、2004 年)がある。
★奨励賞
◆高瀬毅(たかせ・つよし)
1955 年長崎市生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、ニッポン放送入社。記者、ディレクター。82 年ラジオドキュメンタリー「通り魔の恐怖」で日本民間放送連盟賞最優秀賞、放送文化基金賞奨励賞。89 年よりフリー。高齢社会、家族、都市問題などを中心に取材。雑誌「AERA」の「現代の肖像」で10 年にわたって人物ルポを発表する一方、ラジオ、テレビでコメンテーターやナビゲーターなども務めてきた。
著書に『この国で老いる覚悟』、『東京コンフィデンシャル』『「読み」「書き」「計算」で脳がよみがえる』」「高齢者協同組合は何をめざすのか」。
放送批評懇談会「ギャラクシー賞」ラジオ部門委員会委員。
◆中京テレビ放送
〒466-8635 名古屋市昭和区高峰町154 番地TEL052-839-2344
FAX052-839-2349
<「法服の枷沈黙を破った裁判官たち」の内容>
“裁判所という大きな組織、その中で出世を重ねるには、上司に気に入らなければならない。
幾つかの事件では、真実は消え、被告人は泣いた。”――裁判官・福島重雄さん(79)の現役時代の日記です。1973 年に初の「自衛隊違憲」を認定した福島さんは、その後裁判長の椅子を追われ、地方の小さな家庭裁判所で退官を迎えました。福島さんと同様、最高裁の方針に疑問を投げかける別の裁判官達も、こう語ります。「”司法官僚制”こそ諸悪の根源。」だと。番組では、こうした証言の積重ねと福島元裁判官の日記を軸に、裁判所組織の実像に迫り、その中で働く裁判官たちの苦悩を描きます。
◆平野伸人(ひらの・のぶと)
1946 年長崎市生まれ
1979 年4 月より2007 年3 月まで長崎県の小学校教員として勤務
1986 年「長崎県被爆二世教職員の会」を結成し在韓被爆者の支援活動に関わる
1998 年より「全国被爆者二世団体連絡協議会」会長
現在「在外被爆者支援連絡会」共同代表、「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」長崎支部長
◆高比良由紀(たかひら・ゆき)
1970 年長崎市生まれ
1904 年長崎新聞社入社
2007 年3 月まで報道部勤務。現在整理部。
◆野崎亮(のざき・りょう)
1980 年東京都生まれ
2004 年共同通信入社
松山支局を経て、2007 年より長崎支局、2009 年5 月より横浜支局
◆屋良朝博(やら・ともひろ)
1962 年北谷町生まれ。1988 年沖縄タイムスに入社。現在、論説委員。
2007 年から08 年ハワイ東西センター客員研究員。
★映像部門審査委員大賞
川本昭人(かわもと・あきと)
1927 年,広島市生まれ。戦中から戦後にかけて結核により8 年間の療養生活を送る。57年の広島大学工学科卒業後は父親の跡を継いで八幡川酒造(株)に入社。同社取締役社長・会長を経て2005 年に引退。1952 年に妻・キヨ子さんと結婚。58 年の長男誕生を機に始めた8 ミリカメラでの撮影が創作活動の第一歩となって以来、今日まで「家族」「家」「原爆」を見据える作品に取り組んでいる。三度のアマチュア映画コンクール賞をはじめ、受賞作多数。広島映像祭実行委員など広島における映画文化の発展に貢献するとともに若手の育成にも力を注いでいる。
☆主な作品
「蝶々先生」(1969 年)東京国際アマチュア映画コンクール受賞
「私のなかのヒロシマ」(1973 年)東京国際アマチュア映画コンクール受賞
「おばあちゃん頑張る」(1974 年東京国際アマチュア映画コンクール受賞
「妻の貌」〔2001 年〕神奈川映像コンクールグランプリ(短編) 山形国際ドキュメンタリー2001 映画祭招聘
「妻の貌」(2008 年)劇場公開ニューバージョンを完成する。
「妻の貌」監督:川本昭人撮影:川本昭人編集:川本昭人、小野瀬幸喜ナレーター:岩崎徹、谷信子、川本昭人配給:『妻の貌』上映委員会配給協力:東風、KAWASAKI アーツ
★荒井なみ子賞
白崎朝子(しらさき・あさこ)
1962 年生まれ。学生時代より女性解放運動、1988 年からは母子家庭の当事者運動ホームレス支援運動に関わる。87 年から家政婦紹介所へルパー、92 年から公務員ヘルパー。99 年に公務員をやめ、訪問介護事業所のヘルパーを経て、2007 年から三ヶ月間グッドウィルの派遣ヘルパーを経験。同時期にグループホームのパート職員。「炭鉱のカナリア」を目指して、現場の生の声をいち早く社会に届けたいと小さな勉強会や執筆活動を続けている。
2008 年、「季刊福祉労働」(現代書館),「世界」(岩波書店),[週刊金曜日]、「シルバー新報」等に執筆。09 年3 月、「介護労働を生きる」を現代書館から出版。
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